
獅子ヶ城(ししがじょう)は、佐賀県唐津市厳木町岩屋・浪瀬にあった中世の山城です。別名を「鹿家城」や「獅子城」とも呼ばれ、1991年(平成3年)に佐賀県の史跡に指定されています。
基本情報
所在地:佐賀県唐津市厳木町岩屋・浪瀬
城郭構造:山城(標高約228mの白山山頂)
築城者:源披(松浦党)
築城年:治承年間(1177年~1181年)
廃城年:元和元年(1615年)頃
主な遺構:曲輪、石垣、井戸跡など
歴史と沿革
1. 築城と一時的な廃城
平安末期の治承年間(1177年〜1181年)、松浦党の源披によって標高228メートルの白山山頂に築かれました。周囲を急崖に囲まれた要害で、有明海と玄界灘の分水界近くに位置する防衛上の重要拠点でしたが、息子の源持が平戸へ移ったことで一時廃城となりました。
2. 戦国期の復興と争奪戦
天文年間(1532年〜1555年)頃、松浦党の鶴田前(つるだ さき)が城主となって復興しました。大友氏・龍造寺氏・後藤氏といった有力勢力の境界に位置したため激しい争奪の舞台となり、天文14年(1545年)には龍造寺氏に一時占領されるも奪還、永禄年間(1558年〜1570年)にも波多氏の来攻を度々撃退しました。
3. 服属と改修・最終的な廃城
天正5年(1577年)、上松浦党の首領となった波多親に城主・鶴田賢が服属。のちに波多氏が改易・追放されると、文禄2年(1593年)に後藤氏の家臣となり一時城は廃されました。その後、唐津藩主となった寺沢広高によって総石垣の城として改修を受けましたが、一国一城令が出された元和元年(1615年)頃に再び廃城となりました。


