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隆信上松浦を攻略す

Picture of 鶴田 亀童丸
鶴田 亀童丸

 天正元年十二月(三百六十三年前)佐嘉の龍造寺隆信は、従弟鍋島飛彈守信生(直茂の前名)を將として上松浦に進軍するや、鬼子嶽城主波多三河守鎮、獅子ヶ城主(今の木村波の西北)鶴田越前守前、日在城主鶴田因幡守勝等之を迎へて聘禮した。同二年正月三日龍造寺の軍は鬼ヶ城を攻落し、城主草野鎮永は筑前高祖に走り實父原田了榮に頼りしころ、了榮は鎮永をして隆信に降らしめ、そして龍造寺の族(母は隆信の女)家水を養嗣子とすることに成ったのである。斯くて鎮永は元和三年二月二十日卒去した。
肥前陶磁史考より

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