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鵜殿石仏群

鵜殿石仏群

佐賀県史跡 鵜殿石仏群鵜殿石仏群については、次のような伝承があります。大同元年(806)、空海(弘法大師)が唐(当時の中国)より仏教修行をし、遣唐使と共に帰国した際にこの地に立ち寄り、釈迦如来・阿弥陀如来・観世音菩薩の三 […]

平戸松浦氏

 平戸松浦氏は、又唐津の波多氏、有田の有田氏、伊萬里の伊萬里氏等と同じ松浦氏の分系である。源太夫判官久の孫披、始め上松浦川西の峰邑に在りて峰五郎と稱せしが、治承元年(1177年)巖谷(東松浦郡嚴木村)に轉じ獅子ヶ城を築き […]

田代の筒江

 一時藩窯なりし大川村の田代焼さ稱するは、今の東田代部の筒江(田代より七八丁手前にて大川野より半里餘戸數三十戶)にて製造されしものにて、此處は元波多の家臣田代大炊助保(鶴田氏傍系筒江の舘に住す、五百石)の采邑である。古窯 […]

久 松浦源太夫 宇野御厨野檢校

秦 久茂 人皇三十八代天智天皇の朝に於いて秦久茂都より下りて外寇に對する警備の任に就きしより、子孫代々上松浦を領有すること四百餘年であった。而して此處の鬼子嶽(今の北波多村岸岳)山麓に舘を設けて支配せしより、此地方をさ稱 […]

鶴田越前守前の墓

鶴田越前守前の墓

つるたえちぜんのかみすすむ 戦国時代の終わり頃(16世紀後半)にその存在が知られている獅子城は、敵対する佐賀地域と唐津地域の国境に近く、古くから戦の最前線として重要な場所とされてきました。当時、 松浦地方を中心に勢力を誇 […]

獅子城跡

獅子城跡

獅子城跡の歴史獅子城跡は治承~文治年間 (1177~1190) に峯五郎源披によって築城されましたが、 披の子である源持の時に平戸に移ったため以後長い間廃城になったといわれています。 持が獅子城を去ってから、 上松浦地方 […]

大川野遊

 元松浦黨の一家大川野遊の領地(千五百八十石)にて川西の日在城に居住し、別に含弟峰五郎彼が(平戸松浦及伊万里氏の祖)川西なる峰の舘に住居した。 而して遊の子孫鶴田、田代、河原を氏となして此地方に蟠居し、其外波多氏の旗下に […]

鬼子嶽城大評議

 此時城中に在りし波多氏の一族即ち、獅子ヶ城主(殿屋にて五百石)鶴田越前守前、日在城主(大川野にて五百石)鶴田因幡守勝、姥ヶ城主(黒川にて五百石)黒川左源太夫周、新久田城主(井手野にて五百石)井手飛彈守度源を始め、重臣に […]

隆信上松浦を攻略す

 天正元年十二月(三百六十三年前)佐嘉の龍造寺隆信は、従弟鍋島飛彈守信生(直茂の前名)を將として上松浦に進軍するや、鬼子嶽城主波多三河守鎮、獅子ヶ城主(今の木村波の西北)鶴田越前守前、日在城主鶴田因幡守勝等之を迎へて聘禮 […]